インポッシブル アーキテクチャ。 インポッシブル・アーキテクチャ展に行った

建築史家・五十嵐太郎 ×「インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史」展 【スペシャリスト 鑑賞の流儀】

エッフェル塔の凄みもしみじみと実感しました。 これは、「中之島プロジェクトI」と呼ばれました。 国立京都国際会館設計競技案(菊竹清訓) 1960年代初頭、国連会議場、パレ・デ・ナシオン(国際連合ジュネーヴ事務局)に次ぐ、当時としては世界第3位の規模となる国際会議場を、京都市に建設するという壮大な計画が立ち上がりました。 そこに関った多数の人々と時間とお金というリアリティから、建築とは何かという振り出しに私を戻してしまったようだ。 あるいは「予算」、あるいは「生産性」。 模型やスクリーンに映し出される旧案は圧巻でした。 |その3|建たないんだったら、つくっちゃおう。

もっと

奇抜すぎる東京都庁舎のアイデアも!?世紀の”不可能建築”がおもしろい! | 和樂web 日本文化の入り口マガジン

だとすれば何をもってその建築をImpossible、Possibleというのか。 現実世界のシンボリックな摩天楼である都庁舎へのアンチテーゼでなく、「無私な善意」による提言だそうで、もちろん何らかの形で具現化することを期待したものではありません。 こんな尖った思想の人物が建築できたのかと思ったらちゃんと仕事しててよかったね、となった。 美術家の想像力とはすごいものだと思います。

もっと

奇抜すぎる東京都庁舎のアイデアも!?世紀の”不可能建築”がおもしろい! | 和樂web 日本文化の入り口マガジン

問題は明日までということだけども、巡回をまとう。

もっと

インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢

彫刻作品のような瀧澤眞弓「山の家」(1921年)の石膏模型(1986年制作) 川喜多煉七郎(れんしちろう)の「ウクライナ劇場国際設計競技応募案」は、1931年にウクライナで行われた国際コンペで4等入選した設計案です。 言うまでもなく、不可能に眼を向ければ、同時に可能性の境界を問うことにも繋がります。 小屋のようなものは別として。 大谷案については、「日本古来の合掌造りを生かして、空間構成に順逆台形をたくみに取り入れたもので、しかもその組み合わせには、すばらしい統一が図られており、日本建築の伝統美を生かした上にも、国際会議場にふさわしい平面構成、立体構成をもつもの」と評せられました。 東日本大震災以降の日本では、建築家が住民とワークショップなどを重ねながら人と人のつながりや仕組みを提案していく「コミュニティデザイン」などのように、丁寧でささやかな仕事に注目が集まるようになりました。

もっと

国立国際美術館「インポッシブル・アーキテクチャー」に行ってきました

あとはゴーサインを待つばかりであったとのこと。 20世紀以降の建築家や美術家、約40人によるユニークな構想を、ドローイングや模型、大画面に映されたCGなどで見ることができます。 これまでの展示であったアンビルド建築とこの建築の差はなんなのか。 建築建設の現場で語られる多くの折衝が伝わってくる、じつに面白い展示でした。

もっと

建築史家・五十嵐太郎 ×「インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史」展 【スペシャリスト 鑑賞の流儀】

。 建築の芸術性を証するのに全力を傾けた建築家。 「何もない空間に引いた線を実現不可能な空想の計画などにせず、膨大な量の衡量をした人間がいるのだ」という、この展示全体を貫通する主張。 (参考写真)パリのポンピドゥーセンター。

もっと

#2 インポッシブル・アーキテクチャー展|白石麻奈美|note

笑 作曲家の高木さんは図録を購入され、その様子がとても嬉しい気持ちになったのでした。 曰く、天を衝くように巨大な塔。

もっと